第四話 九歴 水無月

038 クエスト・ガイドVS冒険者

 仕事は軌道に乗っていて、【卯月クエスト・ガイドオフィス】も細かい仕事をこなし、資金面では次第に順調になってきていた。
 後は優秀なクエスト・ガイドを3人以上雇えば、クエスト・ガイド6名、事務スタッフ4名というA級になるための最低条件はクリアすることになる。
 だが、卯月の会社はいつもトラブルと親友関係にあった。
 黙っているとトラブルの方から言い寄って来たり、トラブルの種がまかれていることも多々あるのだ。
 一息ついて、社員全員で、くつろぎながらテレビを見ていたら、その問題は勃発した。
 テレビには末の妹、九歴 水無月(くれき みなづき)が出ていた。
 冒険者との対談の番組にだ。
 水無月はクエスト・ガイドという職業を広めるために、最近は結構、テレビ番組に出演している。
 クエスト・ガイドが冒険者達に大分、認知されて来たのも彼女の功績であるところが大きい。
 だが、この番組では少し様子が違っていた。
 番組の企画でクエスト・ガイドと冒険者のどちらの技能が優れているかという問題になったのだ。
 グレーゾーンにあえて踏み込む、番組の悪意と言っても良かった。
 未開の土地に最初に足を踏み入れるクエスト・ガイドが優れているのか、それともボスモンスター等をかっこよく倒す冒険者の方が優れているかという視聴者からの疑問が切っ掛けとなって、水無月と冒険者の間で口論となったのだ。
 最初は大人しくしていた水無月だったが、冒険者がクエスト・ガイドは日の当たらない日陰者の集まりだという言葉でこき下ろした。
 それが許せなくて、つい、言葉を荒げてしまった。
 番組としては、もめ事があった方が面白かったので、煽ったのだが、水無月としては挑発に乗ってしまった失態であった。
 番組司会者が、
「なら、実際に検証して見たらどうかね?」
 と提案する。
 水無月は事の重大性に気づき、何とか取り繕おうとするが、客も煽り、引っ込みがつかなくなった。
 クエスト・ガイドにとっては、冒険者は大切な顧客であり、冒険者がいないと基本的に商売は成り立たない。
 観光気分の客もいるが、その場合は危険地帯に足を踏み入れるようなケースは殆どない。
 観光気分の客だけでは会社は立ちゆかなくなっていく。
 クエスト・ガイドの醍醐味は危険地帯への案内である以上、冒険者自体を敵視する訳にはいかないのだ。
 勝てば、冒険者の反感を買うかも知れない。
 負けたら、面目丸つぶれだ。
 つまり、勝っても負けてもクエスト・ガイドにとっては不利益となるのだ。
 何とか良い、着地点は無いかと思い、最強のクエスト・ガイドとして名高い、如月の会社に連絡を取ろうとするが、如月の会社は冒険者の間では有名だった。
 何があっても彼女の会社ともめるな。
 彼女の会社の助け無くして、冒険者としての最高峰の冒険は成立しないと言われているのだ。
 如月の名前を出した時、さすがの冒険者達もたじろいだ。
 それで、その場は何とかおさめたのだが――

 視聴者からは決着をつけろという抗議が殺到したのだ。
 このままでは収集がつかないと判断した番組だが、かといって、このまま何もしない訳には行かない。
 そこで、如月の会社を出さないようにするため、これはあくまでもゲームとしてやるので、対戦企業はクジで決めようという事になった。
 クエスト・ガイドオフィスからは12企業と卯月達、姉妹の会社6社の合計18社が抽選に参加し、冒険者も比較的有名な団体18団体が抽選に参加する事になった。
 そこで、クエスト・ガイドオフィス側で引き当てられたのが【卯月クエスト・ガイドオフィス】、つまり、卯月の会社だった。
 実はこのクジは細工がしてあって、卯月の会社があらかじめ選ばれるようにしてあったのだ。
 番組としての思惑、落としどころは18のクエスト・ガイドオフィスの中で最弱とされる卯月の会社を有望な冒険者団体のチームが打ち破るという事だった。
 冒険者団体は勝利を手にし、クエスト・ガイドオフィス側も最弱の会社がやられただけだという印象なので、どちらも傷つかないと判断したのだ。
 もちろん、これは卯月の会社の事など、これっぽっちも配慮されていない。
 卯月の会社の敗北の上に成り立つ不条理な事だった。
 それを知った卯月は――
「むきぃ〜くやしいぃ〜」
 歯噛みした。
「舐められたものですね、うちの会社も」
 Xくんも闘志を燃やす。
「ぶちのめすネ」
 リタも闘志満々だ。
 売られた喧嘩は買わねばなるまい。
 それが、【卯月クエスト・ガイドオフィス】の出した結論だった。

039 メンバー集め

 後日、菓子折持って、水無月が【卯月クエスト・ガイドオフィス】を訪ねて来た。
「ごめん、卯月姉さん。私のせいで……」
「良いわよ、水無月も利用されただけでしょ」
「ここは、私の会社からメンバー出すから」
「いいえ、これは私の会社が売られた喧嘩だよ。だから、私達が叩きのめす」
「そんなこと言わないで。勝っても得する事なんてないんだから」
「得なら、あるよ。私達が勝って、気持ち良くなるっているお得なご褒美がね」
「そんな事言わないで。お願いだから」
「あんたは黙ってなさい。いや、向こうで決めてきた対決ルールを教えなさい。姉さんがとっちめてやるから」
「はぁ……何で卯月姉さんの会社を……」
 ため息をつく水無月。
 よりにもよって、単細胞な卯月の会社を選んでしまった事を後悔していた。
「恐らく、番組に仕組まれていますよ、それは。最弱と称されるうちの会社をあえて選んだのでしょう」
「え?Xさん、本当ですか?」
「えぇ、恐らく間違いないでしょうね。うちの会社は人身御供に出されたというところでしょうね。負けてもどちらにもダメージがない会社として」
「ぬぐぐぐぐ、むきぃ〜プロデューサーはどいつ?ぶん殴ってやる」
「落ち着いて下さい、社長。勝てば良いんですよ、勝てば。勝てば、プロデューサーの思惑とは違う着地点に降り立てますから」
「そうだよね。俄然、やる気、湧いてきたぁ〜」
「という事ですので、水無月さん、ルールの説明をよろしくお願いしますね」
「はぁ……何でこうなっちゃったんだろ……」
 水無月は諦めて、ルールの説明をした。
 冒険者チームと【卯月クエスト・ガイドオフィス】の勝負は5対5の3ポイント先取した方が勝ちというものだった。
 選手が複数の勝負に出場する事は禁止だ。
 つまり、卯月の会社には現在、3人しかクエスト・ガイドがいないので、自動的に2敗を相手にプレゼントする形になる。
 そして、卯月達は一敗も出来ないという厳しいものだ。
 番組としても最低限の勝負で、決着がつけば良いと思っているので、【卯月クエスト・ガイドオフィス】がクエスト・ガイド三人だけという事実を調べ、1敗すれば、それで、決着がつくように考えたのだ。
 つまり、卯月の会社の敗北という部分だけが必要な最低限の勝負という形にしたいらしい。
 黙って、敗北の黒星だけ受け取れという事だ。
 こんな真似されて、黙って居られる程、卯月達は大人では無かった。
 もちろん、事務スタッフの四人も黙って無かった。
 彰人少年はブリットとスティーブをある存在の迎えにやっていた。
 エンシェントドラゴンとしての彼は所属するクエスト・ガイドオフィスを虚仮にされた事が逆鱗に触れた事になったのだ。
 彼の古い知人を助っ人として呼ぶことにしたのだ。
 真尋女史も負けてない。
 彼女は研究所からミスターグッズのスキルコピードールも真っ青のスーパーアンドロイドを持ってきたのだ。
 メンバーが人間である必要は無い。
 彰人少年の知人とスーパーアンドロイドはクエスト・ガイドではないが、会社の仲間という事にすれば、参加しても良いのだ。
 卯月の会社が勝つ訳ない――
 そう思っている、傲慢な連中に目に物見せてやる。
 卯月達は冒険者達に対する対抗心から一致団結した。
 彰人少年の知人、エルフ族のバスタ老人も到着し、スーパーアンドロイド、こけてぃっしゅ君の整備が済んで準備万端といったところだった。

040 対戦相手と二連敗

 対決日の前日になって、それぞれのチームの出場選手が発表された。
 この時、卯月達は対戦チームの情報を得ることになった。
 対戦相手は中堅の冒険者団体からメンバーが選出されていた。
 一人目は戦士グロッキーだ。
 彼は、大型モンスターを絞め殺せる程の怪力を誇る。
 スピードはそれほどでも無いが、一発一発が重たい攻撃となる。
 対する卯月のチームはこけてぃっしゅ君が担当することになる。
 二人目は魔法使いルーティーだ。
 彼女は生まれつき魔力が高い。
 彼女に対してバスタ老人がどこまで戦えるかという所だろう。
 三人目は武道家ジャッキーだ。
 彼は気功術の使い手でもある。
 対するはリタが行くことになる。
 四人目は幻術士サリーナだ。
 彼女にはXくんがあたる事になる。
 本来ならば、Xくんを大将にしたいところだが負けられない状況になる可能性があるので、副将として参加する事にした。
 五人目が勇者ザックだ。
 職業が勇者となるにはそれなりの実績が必要になる。
 中堅の冒険者団体ともなれば、ただ、勇者を名乗っているという事はないだろう。
 かなりの実力者だと思って間違いない。
 そんな彼に対するはもちろん、社長である卯月という事になる。
 頼りない大将だが、出来れば、卯月に出番が回ってくる前には勝利を確定させたいところだった。
 その日はじっくり対策を練って勝負の日につなげた。

 一晩ぐっすり眠って、いよいよ、冒険者チームとの対戦日になり、まずは、初戦スーパーアンドロイド、こけてぃっしゅ君対戦士グロッキーの対戦となった。
 当初、平らな闘技場での戦いを予想していたのだが、実際にはすり鉢状の闘技場で、しかも油が塗り込まれていた。
 卯月達は抗議したが、番組の方は、冒険ともなれば、予想しなかった事は度々起こるもの。
 その状況下で戦って勝ってこそ価値があるのでは?と反論された。
「ぐ、まさにその通りだわ……」
 返す言葉が無かった。
 恐らく、相手チームには状況説明があらかじめしてあったのだろう。
 さして、慌てている様子はない。
 結果、こけてぃっしゅ君は姿勢を制御出来ず、立つこともままならなかった。
 グロッキーの方は転びながらもジリジリとこけてぃっしゅ君に近づき、絞め技でこけてぃっしゅ君を破壊した。
「わ、私のこけてぃっしゅ君が……」
 真尋女史は自慢のスーパーアンドロイドが見せ場も無く破壊されたのがショックだった。
 彼女はブツブツとつぶやきながらトボトボとその場を後にした。
 彼女の分析力にも期待していた卯月チームにとって、真尋の錯乱は計算外だった。
 続く、第二試合、バスタ老人対魔法使いルーティーだ。
 ルーティーは膨大な魔力を持っているが、バスタ老人はそれを遙かに凌駕するポテンシャルを持っている。
 卯月チームは勝利を確信していたが、ここでも計算違いがあった。
 バスタ老人は女性に対して手を出すことはしない主義だった。
 対戦相手は魔法使いの女性、つまり、手が出せなかった。
 為す術無く、攻撃を受け続け、二連敗が確定した。
 バスタ老人は――
「ふっ、ワシはおなごには手をださん。それがワシのポリシーじゃ」
 と言った。
 チームメイトは一斉に、
「先に言え!!」
 と突っ込んだ。
 事務スタッフが連れてきた二人が全くの役立たずで、いよいよ、後が無くなってしまった。
 大ピンチというやつである。
 もう、本当に一敗も出来ない。
 これからは、勝ち続けるしか勝利の条件は満たされないのだ。

041 リタVSジャッキー

 続く第三戦は元ボクサーのリタと気功を得意とする武闘家ジャッキーの戦いだ。
 遠方の開拓冒険で良いところを見せられなかった彼女としてはここで良い所を見せたい。
 対戦相手は同じ格闘技系の選手だ。
 気功は警戒する所だが、彼女は拳一つでのし上がって来た実績も持つ。
「リタ、ユーにはこのブリットがついてるネ」
 ブリットが応援する。
「スティーブは何かないですカ」
「何もないネ、てきとーにがんばってネ」
「ノー、それじゃ頑張れないでス」
「ブリットの事はミーに任せるネ」
「ヘイ、ブラザー、ミーにはリタがいるネ」
「スティーブ、応援よろしくネ」
 リタ、スティーブ、ブリットによるトリオ漫才は相変わらず健在だ。
 他のメンバーの下手な応援よりも彼女にとってはいつものこの光景の方が落ち着くのだろう。
 彼女はべストコンディションだった。
 戦闘準備オッケー。
 いつでもバトルは可能だった。
 だが、対戦相手のジャッキーは素直にリングに立たない。
 特設リングの外で気を練っているのが解る。
 ゴングが鳴る前に気を練れるだけ練って、一気に決着をつけるつもりなのだろう。
 だが、彼女には神速のステップがあった。
 その気功による攻撃をかわし、こちらも一気に決着をつけるつもりだった。
 どちらも勝負は開始直後の数秒、一瞬にかけている様子だった。
 この第三試合はボクシングのリングを広くしたような闘技場で行われる。
 リングにはロープが張り巡らされ、そのロープには微弱ではあるが、電流が流れている。
 両者がリングの中に入った所で、電気が流される。
 レフェリーは耐電スーツを着用している。
 電流に気をつけるのは対戦する両者のみだ。
「ふぁいっ!」
 レフェリーの合図で、両者が真っ向から近づいて行った。
 が、接触する前に、ジャッキーの射程距離となった。
 すかさず、
「気功掌っ!!」
 必殺の気功の一撃を放つ。
 ジャッキーの体内から、膨大な自然エネルギーが解き放たれる。
 が、それをリタは読んでいた。
 リタはレフェリーを踏み台にして上空にジャンプした。
 元々、気功の方が先に攻撃が届くと判断していた彼女はレフェリーを使って攻撃を交わす事だけを考えていた。
 そのまま、
「ファイナル・ブロウ」
 リタの一撃がジャッキーにヒットする。
 ロープまで吹っ飛び、ジャッキーは電流を浴び、失神した。
「しょ、勝者リタ・ウェーバー」
「アイムbP!!」
 リタが咆える。
 一瞬の勝負はこうして決着した。
 これで一勝を返した事になった。

042 XくんVSサリーナ

 続く、副将戦はXくんVS幻術士サリーナの対決となる。
 副将戦の闘技場は森をイメージしたものになっている。
 樹木の形をした鋼鉄製の物体が無数立っているバトルステージだ。
 Xくんのポテンシャルはサリーナのポテンシャルを遙かに凌駕する。
 勝負はXくんの圧勝かと思われたが、そうでもなかった。
 幻術士であるサリーナは様々な幻覚作用を持つアイテムを多数所持していた。
 直接攻撃しないで、間接的に攻めてくるタイプだ。
 直接ぶつかれば、結果は火を見るよりも明らかなので、サリーナは絡めてで戦う事にしたのだ。
 彼女は考えた。
 Xくんに最も有効な手段を……。
 それは色仕掛けと判断した。
 色仕掛けは、元暗殺者である彼女に取っては十八番中の十八番。
 対戦相手としての相性は彼女にとっては良いものと判断した。
 幻術と色仕掛けを駆使してXくんを落とす作戦で行くことにした。
「さぁ、誰が好みなの?言ってごらんなさい」
 甘い香りと甘美な色っぽい声が響きわたる。
「ちょっと、あんた、え、Xくんに何するつもりよ」
 卯月は文句を言う。
「外野は黙ってて。今は彼とお楽しみの時間なんだからぁ〜あはぁんっ」
 幻術士サリーナは木を模した物体に身を隠し様々な粉末をばらまく。
「うふふふふふ。さぁ、気持ちよくなってきたでしょぉ〜」
 Xくんに幻覚が襲う。
 Xくんの視界には全裸の女性が無数立っている。
「これは……」
 Xくんがつぶやく。
「さぁ、欲望を解放させて……」
 サリーナがささやく。

 その時、
「そこまでだ」
 という声が響きわたる。
 見ると怖い顔のおじさん達が数十人、どかどかと入ってきた。
「成分を分析させてもらう」
 怖い顔の人達の代表者らしき人がそう告げた。
「動くな、我々は特捜地検だ」
 特捜地検……この国の最大の捜査機関だった。
 (ちなみに、この星は地球ではないので、地球の特捜地検とは別物だ)
 政治家の汚職、脱税なども取り締る。
 今回の容疑は──
「検出されました。危険指定魔法薬3種類、麻薬2種類、準麻薬指定4種類、間違いありません」
「幻術士サリーナ、君を逮捕する」
「ちっ」
 サリーナはそのまま、姿をくらました。
 今まで、違法とされている薬物などを使用して、冒険者活動をしていたのが発覚したのだ。
 裏で動いていたのは、卯月の父親、九歴 師走その人だった。
 水無月がテレビで喧嘩を売られたのを見た師走は激怒。
 九歴グループの総力をあげて、対戦者である冒険者達のあら捜しを始めたのだ。
 途中、標的が水無月から卯月に代わったが、父にとってみれば、愛する娘たちにケチをつけようとする憎っくき相手自体は変らない。
 その過程で、幻術士サリーナの黒い噂を聞きつけ、さらに、番組が幻術士サリーナと結託して、裏クエスト・ガイドに資金を横流ししている事が解り、特捜地検にリークしたのだ。
 卯月は師走が出てくると嫌がるので、内密にXくんに連絡を入れて幻術士サリーナと対戦させるように組んだのだ。
 実力的に上であるXくんと当たれば彼女は自身の名声を手に入れるため、違法薬物を使うと踏んでいたのだ。
 後の調べで、木を模した物体には調整器が取り付けられていて、幻術士サリーナの違法薬物が外に飛び散らないようにしてあり、成分分解器もあったことから対戦後、証拠隠滅を図ることも裏付けられた。
 全ては番組側と、冒険者達が結託した事だった。
 冒険者達は特捜地検に捕まり、Xくんとサリーナの闘いはXくんの不戦勝。
 よって、冒険者チームとクエスト・ガイドチームは2対2の引き分け、
 となるはずだった。

043 卯月VSザック

「ちょっと、待ってよ。まだ、最終戦が残ってるよ」
 卯月はそう叫んだ。
「何を言っているんだ、君は?もう、良いんだ。君たちは番組とこの冒険者達に利用されただけなんだから。後はこちらで取り調べるから」
 特捜地検の怖いおじさんはそう言った。
 だけど、虚仮にされたまま、結果をうやむやにされるのが、我慢ならなかった。
「特捜法9761条、被害者が要求する場合に限り、被疑者確保に一定の猶予を与えるものとする……だよね」
 卯月もクエスト・ガイドの資格を持つ女性だ。
 特捜法も当然、案内上の必要な知識の一つとして学んでいる。
「た、確かにそうだが……」
「私達、被害者だよね?」
「そ、そうだな……」
「私は要求します。元、勇者ザックとの決着を望みます」
「な、何ぃ?」
 一同、卯月を見る。
 この茶番劇を彼女だけは続けようとしているからだ。
 ザックに対して、【元】勇者と言ったのは、彼に勇者の資格はもはや、無いと卯月は判断したからだ。
「てめぇ、何言ってんのかわかってんのか?」
 ザックがにらみつける。
 ザックにしてみれば、逃げたサリーナのせいで自分達が捕まることになって憂さ晴らしをしたいところだった。
 卯月が望むのなら、この鬱憤を卯月の身体にぶつけてやろうと思った。
 最悪、殺してしまってもこれはあくまでも試合。
 アクシデントはつきものだ。
「社長、ダメです。あの男はあなたを殺す気で、かかってくる可能性があります」
「Xくん、これは社長命令です。どいてください。クエスト・ガイドの、そして、冒険者達の名誉にかけて、あのように、陰で悪い事をしている人たちなんかに負けてやる訳にはいきません」
「負けてませんって、引き分けですって」
「例え、引き分けでも、あんな連中と引き分けたのなら負けと一緒です。私が正義の鉄槌を下してやります」
「殺されてしまいますよ」
「大丈夫、私は死にません」
 決意を決めた、卯月の視線をしばらく見つめるXくん。
 その瞳には強い光がある。
 追い詰められた時の彼女がこの目をした時はXくんも驚愕するほどの力を持っている。
 それこそ、姉妹最強と言われる如月をも凌駕するほどの。
「……わかりました。あなたを信じます。でも、危ないと思ったら、例え、反則で負ける事になっても助けに入りますからね」
「心配いりません。私は負けない。必ず勝ちます」
 こうなってしまったら、卯月は聞かない。
 Xくんは彼女を信じて、見守る事にした。
「こっちは伊達や酔狂で勇者になった訳じゃねぇんだよ」
「勇者の誇りを失ったあんたはもはや勇者にあらず」
「たっぷりいたぶってからぶち殺してやる」
 勇者ザックは舌なめずりした。
 確かに勇者としての誇りは見受けられない。
 技量としてはザックの方が上だろう。
 だが、彼は一気に勝負を決めずに、卯月をいたぶるつもりでいる。
 彼女に勝機があるとすれば、今の勢いを一瞬にかけてぶつかる事だけだ。
 それはザックの方も先刻承知のようで、初撃は交わすつもりでいるようだ。
 回避するための間合いを測っている。
 闘技場は余計な細工ができないようにシンプルな作りの闘技場での戦いだ。
 レフェリーはXくんが務めた。
 番組の息がかかっているレフェリーは信用できないからだ。
「ファイッ」
 Xくんが開始の合図を送った時、卯月はバックステップで背後に飛んだ。
「何?」
 バカの一つ覚えの様にまっすぐ突っ込んで来ると思っていたザックは慌てて、間合いを詰めようとジャンプして卯月との間合いを取り直そうと近づいてきた。
 卯月はその一瞬の隙を狙っていた。
 卯月の方が先に、バックに飛んだので、当然、卯月の方が先に着地する。
 そのまま、十分ためてから、今度は前に飛んだ。
 不意を突かれたザックはまたまた、慌てて態勢を取ろうとする。
 最悪、一撃はもらっても所詮は女の一撃だと高をくくっていた。
 突っ込んできた卯月の行動は、
 パシンッ
「ぬぁっ…」
 両手のひらをザックの目の前で叩いた。
 いわゆる猫だましだ。
 再び、意表を突かれザックの身体は完全に無防備な状態になった。
 それから彼の後ろに回り込み、彼の背中から手を回し、
「ぬううぅぅぅりゃぁあぁぁっ」
「ちょ、ちょっとまてぇぇぇぐぁっ」
 ドシンという音が響き渡る。
 卯月はバックドロップでザックに強烈な一撃を加えた。
 さらにくらくらしている内に、今度は前に回り込み、一本背負いで投げた。
 再びドシンという音が響き渡る。
 全て不意を突き、一撃では倒せないとふんで、バックドロップと一本背負いの二連撃。
 卯月を舐めてかかっていたザックはまともにこのコンボを食らってしまった。
 油断大敵。
 格下だと思っていた相手にまさかの秒殺を食らってしまった。
 卯月の大金星だ。
「一から出直してください」
 卯月がザックにかけた言葉はその一言だった。
 結果、クエスト・ガイドチーム3勝、冒険者チーム2勝でクエスト・ガイドチームが勝利した。
 最も、番組にも特捜地検の手が入る事になるから、この番組自体がお蔵入りにはなるだろうが。
 後で、卯月はXくんから師走が助けてくれた事を教えられ、密かに父に感謝するのだった。

044 お姉さまと呼ばせてください

 後日、水無月はクエスト・ガイドを一人連れて、【卯月クエスト・ガイドオフィス】を訪ねて来た。
「あら、水無月じゃない。どうしたの?」
 卯月が出迎える。
「そ、その、今回の事ではお世話になったから、その、お礼を……」
「いーの、いーの。あれは私もムカついたし、私が好きでやった勝負だから。気にしないで」
 卯月の方としては水無月にお礼をしてもらうほどの事はしていないつもりだった。
 自分が正しいと思う事をやっただけなのだ。
 後で、Xくんには、クエスト・ガイドたるもの、無用な危険行為は回避する事に勤めるべきだとこっぴどく説教されたが。
「そうは、行かないわ。卯月姉さんに借りを作ったままだとこっちの気持ちが済まないし」
「そう?なら、おいしいスイーツでもごちそうしてもらおうかしら。ちょっと余裕がなくて、しばらく行けてないのよね」
「わかったわ。そっちも考えておく。今回は弥生姉さんから、卯月姉さんがクエスト・ガイドが足りなくて困っているって聞いたから、うちの会社から出向って形でそちらにと思ったんだけど……」
「初めまして、私、鈴里 加奈子(すずさと かなこ)と申します。お姉さまと呼ばせてください」
「え?──どういう事?」
 弥生の会社からリタが退職して、卯月の会社に移ったという事を聞いた加奈子は自分も退職して、卯月の会社に移ると言い出したのだ。
 理由は、卯月とザックの試合の映像を見て、感動したからだという。
 やらなくても良かった試合をあえてして、勝てないと思われた相手を秒殺する。
 体格差30キロはある相手に見事なまでの必勝法を目の当たりにした加奈子が卯月に一目惚れしたのだ。
 当初は他のクエスト・ガイドが行く予定だったが、自分が行くと主張して、水無月について来たのだ。
 もう一人のメンバーは出向の手続きなどで、後から加わるが、加奈子の方はリタの時、同様、卯月の会社に入社する事になる。
 A級への判定は出向クエスト・ガイドも数として認められるが、万が一、元に戻ったら、数を減らされてしまう。
 だが、正式に入社してくれれば、その心配もない。
 何はともあれ、念願のクエスト・ガイドの新メンバーが【卯月クエスト・ガイドオフィス】に加わる事になった。
 加奈子は元、冒険者だ。
 だが、冒険に同行していたクエスト・ガイドのすばらしさを知り、クエスト・ガイドに転職したのだ。
 本当であれば、憧れの如月の会社に入りたかったが、技能の方が、如月の会社でやっていくにはいささか実力不足だった。
 そのため、水無月の会社に入って実力を磨いていた時、卯月の試合のビデオを見たのだ。
 彼女にとっては噂でしか知らない如月の会社よりも卯月の健闘の方が、鮮明に感動できたのだ。
「はい、はい、はい、私、自己紹介を兼ねて、特技を披露しまぁす」
 卯月が面食らっているのもおかまい無しに加奈子は自身の特技、【磁力操作】をやって見せた。
 この力は加奈子が一度触った場所などにS極の磁力を持たせ、武器に対してN極の磁力を持たせてくっつけて見せたのだ。
 武器は目標物に向かって真っ直ぐ飛んで行く事になる。
 この力は応用次第では、かなりの攻撃バリエーションが増える事になるだろう。
 クエスト・ガイドとして、非情に優秀な人材であることが解った。
 後から来るメンバーも同レベルのスキルを持つという話なので、【卯月クエスト・ガイドオフィス】としては、大変ありがたい話だった。

045 出向してきたクエスト・ガイド

 後日、水無月の会社からもう一人が出向してきた。
 名前は宮崎 龍花(みやざき りゅうか)、加奈子とは正反対の寡黙な女性だった。
 挨拶も
「宮崎 龍花です。出向してきました。よろしく」
 だけだった。
 水無月が言うには口下手だけど、仕事はしっかりする女性だとは聞いていたが、コミュニケーションが取りやすい人材かというとそうではない。
 だが、出向に出すのは誰にしようと考えていた水無月に珍しく、自分が行くと申し出たのは彼女だった。
 水無月としても自分のミスの尻拭いをさせる形での出向に近いので、誰にお願いするにしても、心苦しい所だったので、申し出てくれた彼女にお願いしたのだ。
 その後、卯月達が、冒険者達と戦ったビデオを社内で見た所、新たに、加奈子が行きたいと申し出たので今回は二人が【卯月クエスト・ガイドオフィス】移籍する事になったのだ。
 営業成績としては、加奈子と同レベルの龍花は【エアソルジャー】という特殊能力を持っている。
 これは、持ってきたコスチュームに空気を送って、人が着た様な状態を作り出すことが出来るという能力だ。
 つまり、持ってきた衣装の数だけ、味方の兵士が増やせるという事でもある。
 スキルコピードールは高いので、それ程、多くは所有できない。
 その点から考えてもスキルコピードールと同レベルの命令が可能であるこの【エアソルジャー】という能力は非情に有効に使える力と思って良かった。
 そんな彼女だが、初めから寡黙だった訳では無かった。
 クエスト・ガイドの試験を受けていた頃は明るく振る舞っていた。
 クエスト・ガイドは冒険者に愛想も振りまかなければならない事も少なからずある。
 だから、龍花の様に寡黙で居られると一緒に行動している冒険者は居づらく感じるから、彼女は冒険案内には向いていない。
 それよりは、新たな地を開拓する開拓冒険の方で実力を示していた。
 笑えたのに笑わなくなったのには訳があった。
 彼女は12企業で開拓冒険中に同僚と死に別れたと思ったからだ。
 その開拓冒険を切っ掛けに、彼女は笑わなくなった。
 同僚が死んだのは自分のせいだと思っていたからだ。
 それから水無月の会社に移ったが、それでも、その当時の事件の事を引きずって笑顔で居ることが出来なかった。
 彼女は自分の笑顔が同僚を死に追いやったと思っていた。
 当時の調べではその同僚は闇クエスト・ガイドと通じていたらしく、12企業にスパイとして在籍していたが、12企業がその事実を把握して、彼女が開拓冒険から帰ったら、問いただす事になっていた。
 それを察知した闇クエスト・ガイド側がその同僚を事故に見せかけて始末したというのが真相だった。
 同僚の死後、同僚の(闇クエスト・ガイドの)仲間だったのではないかと散々疑われたらしい。
 そうして、彼女は笑顔を失っていったらしかった。
 その事を水無月から先日、聞かされていたので、卯月達は長い目で見ていこうと思っていた。
 一緒に仕事をしている内に、少しずつ心を開いて行ってくれれば、それで良い。
 それまでは、事情は聞かないでおこうと相談して決めていた。
 人には色々、事情があるのだから。
 とにかく、これで、クエスト・ガイドも5人となった。
 後、一人で、A級クエスト・ガイドオフィスになるための最低条件であるクエスト・ガイド6人、事務スタッフ4人が揃う事になるのだ。
 卯月は弥生と水無月に感謝した。

046 最後の1人?

 卯月の会社への最後の1人?となるクエスト・ガイドの候補は卯月達の一期後輩となる最近のクエスト・ガイドの試験を突破した、新人クエスト・ガイドに決めていた。
 そのクエスト・ガイドは試験を歴代トップクラスの成績で突破して、その期ではもちろん、トップ通過だ。
 如月の会社から誘いがあったが、彼女はそれを保留している。
 如月の会社に入ればトップとして、活躍する事がほぼ確定したと言って良いだろうが、彼女はそれを良しとはせず、自分の意志で決めたいとしている。
 当然、如月の会社でないのなら、うちがとばかりに、様々なクエスト・ガイドオフィスが彼女にアプローチをしたが、どこに対しても首を縦に振らなかった。
 ならば、うちでもと思って卯月の会社でもアプローチを開始したのだが、Xくんだけは彼女ではなく、別のクエスト・ガイドに注目していた。
 Xくんが注目したのは合格ラインギリギリの成績で試験を突破した言ってみれば、その期のビリ通過のクエスト・ガイドだ。
 トップとビリ――
 人材としてはトップを取りたいというのは人の気持ちとして当然だが、ビリ通過の者を誰が希望するのかと一見思うが、そのビリ通過のクエスト・ガイドには如月の会社もアプローチをしていた。
 驚くべきはビリ通過が第一候補、トップ通過が第二候補になっていた。
 プライドの高いトップ通過のクエスト・ガイドは第二候補ならば入らないと言ったというのが真相だった。
 如月の方もどうやら気づいたらしいが、Xくんが気になったのはビリ通過のクエスト・ガイドの成績だ。
 合格ラインギリギリでの通過――
 一見、大した事ないように見えるが、合格ラインギリギリで合格する事の難しさはトップ通過の比ではない。
 もの凄く難しい事でも有名なクエスト・ガイドの認定試験を合格ラインギリギリに調節する芸当など、途轍もない実力を持っていなければ出来ない芸当だ。
 そう、Xくんと如月はビリ通過クエスト・ガイドをわざとギリギリのラインで通過したと判断したのだ。
 なぜ、そのような事をしたのかは本人に聞いてみないと解らないが、如月の会社が目をつけるような特別な才能を持っているのはまず間違いないだろう。
 ビリ通過のクエスト・ガイドが本気になってたら、恐らく、トップ通過のクエスト・ガイドよりも上の成績で合格していただろう。
 トップ通過のクエスト・ガイドの名前は古暮 稲穂(こぐれ いなほ)、ビリ通過のクエスト・ガイドの名前は白瀬 あさき(しらせ あさき)という。
 【卯月クエスト・ガイドオフィス】では二人の資料を取りそろえた。
 その資料によると、稲穂とあさきは幼い頃からの幼馴染みという事が解っている。
 稲穂は勝ち気な性格で、何でも一番にならないと気が済まないらしい。
 勝つための努力を惜しまず、結果を常に出してきたらしい。
 その辺りは評価出来るが、トントン拍子で、栄光の歴史を刻んでいるようなので、大きな壁が出てきた時の打たれ弱さがあるのではと懸念している。
 人生、ずっと勝ち組で居続けることはまずない。
 どこかで挫折かそれに似た様な状況が本人の前に立ち塞がる事がある。
 幼い頃から順調に来た人間はまず、その耐性が無い。
 成人した後からその挫折の初体験があったりした場合、一気に持ち崩すという事も珍しくはない。
 幼少期に少しくらい挫折を味わっている方が、後々、しっかりとした強い人材へと成長するものだ。
 一方、あさきの方は稲穂の影に隠れた人生だったと言える。
 常に、前に出る稲穂の迫力に押され、前に出れないタイプの女性だ。
 抑圧されてきた幼少期を過ごしてきたらしく、あまり目立った行動を好まない性格になったらしい。
 冒険者への案内をする立場であるクエスト・ガイドが引っ込み思案では困るのだが、注目すべきはそのポテンシャルだ。
 幼少期から稲穂より少し低い成績を常に出している。
 1番にならないように絶えず、気を配っていたというのが、成績表からも見て取れる。
 恐らく、クエスト・ガイドの試験は稲穂に誘われて参加したのだろう。
 試験日が別のため、稲穂の成績がどのようなものになるか解らないから、あさきは合格ラインギリギリで突破したのだ。
 稲穂に限らず、あさきはあさきで、性格に問題があるようだ。
 稲穂を超えてはならないという強迫観念のようなものを排除しないとだめだとXくんは判断した。
 試験成績としては稲穂もあさきも魅力的なところがあるが、この二人は放して育てるよりも一緒にして、心構えから教育して行った方が良いと判断した。
 残念ながら卯月の会社では育てきるだけの環境は整っていないと言わざるを得なかった。
 教育環境が最も整っているのは姉妹の会社では長女、睦月の会社だ。
 Xくんは事情を睦月に説明し、稲穂を第一候補、あさきを第二候補として、一旦、採用し、稲穂に試練を与えるのと、あさきの稲穂に対する劣等感を徹底的に無くすように鍛えてもらうように依頼した。
 睦月としても如月の会社に誘われるような人材二人を一挙に採用出来るのは大変ありがたい事なので、二つ返事でオッケーした。
 稲穂は自分が第一候補だったのが、気に入ったのか睦月の会社に入社した。
 稲穂に誘われたので、あさきも嫌とは言えず、続いて入社した。
 結果的には卯月の会社も如月の会社も優秀な人材を雇えなかった。
 なかなか上手くいかないものだなとXくんは思った。
 最後の1人はなかなか見つからない。
 期限だけがせまって行き、A級認定を得るために、必要な人材を確保しなくてはならない期限まで後、半年となっていた。
 もう、猶予はそれほどなかった。

047 Xくんの弟子

「あぁ、決まらない。どうしよう?」
 卯月はあたふたする。
「落ち着いてください、社長。まだ、半年あります」
 Xくんは彼女を落ち着かせようとしている。
 めぼしい人材が見つからず焦るのは解るが、焦ってもどうしようもない。
 こういうのは縁だからだ。
「あと、半年だよぉ」
「まだ、です。ネガティブに考えないでください。こっちもいろいろ手を考えているんですから」
「ほんと?」
「えぇ。期限までに間に合うかどうかは微妙ですけど」
「間に合わなかったらどうしよう?」
「間に合わせるために今、最善を尽くす様に手を打ってます。ちゃんと、やっていますから、落ち着いて」
「落ち着かないよぉ〜」
「わかりました。じゃあ、お教えします。実は最後の手段として、僕の弟子を呼んでいます」
「ほんと?」
「ただ、修業に出しているので、修業が終わってからという事になっています。間に合うかどうかというのはその修業が終わるかどうか解らないというところです」
「どんな男の人なの?」
「女性ですけど?」
「むっ、どういう関係なの、Xくん?」
「だから、弟子ですって」
「他には?」
「才能だけで考えれば逃した新人二人にも負けないと思いますよ」
「他には?」
「他にはって……まぁ、綺麗な顔はしてますね」
「どぉいう関係なの?」
「だから、弟子ですって言ってるでしょ。何度言わすんですか」
「弟子だけなの?」
「じゃあ、愛弟子です」
「愛してるって事?」
「どうしてそういう話になるんですか?彼女は色恋に興味は持っていませんよ」
「だって、Xくんに弟子入りしたじゃない?」
「それは、彼女が冒険者をしていた時に命を助けた事があるんですよ。その時、弟子入りしたいと強引に……」
「無理矢理奪われたの?」
「弟子入りしただけですってば。男性に対して、強いライバル心を持っていましたからね。男の僕に助けられたのがよっぽど悔しかったんですね。僕を超えるために、僕に弟子入りしたんですよ。僕としては僕を超えようとするのに僕につきっきりでは仕方ないから、まず、外で修業をと命じたんですよ。納得いくまで基礎を学んで、成長出来たら、遠慮無く僕の技術を盗みに来なさいと言ってます」
「好きなの?」
「今の話の何処に好き嫌いの話があったんですか?」
「女の勘」
「社長のはあてになりませんよ。とにかく、そろそろ、どうだ?と連絡を入れたんですけど、まだ納得していないらしくて、後、半年以内に来てくれるかどうか疑問だという事ですよ」
「ら、ライバル出現……」
 卯月は姉妹以外の思わぬライバルの登場に危機感をつのらせる。
「なんのライバルですか?仲間になってもらうんですよ」
 Xくんははぐらかした。
 彼としては卯月の事を気にしてはいるが、まだ、そういう関係とかになる時期ではないと思っている。
 まずは、会社を盛り立てて行かないとと思っているのだ。
 その辺りは恋愛経験値が低いと言える。
 まだ、卯月の方がいくらかましだろう。
 Xくんの弟子の名前は弓酒 美海(ゆみさか みうみ)という。
 美人冒険者として、何度も有名雑誌に載った女性だ。
 男嫌いで有名で、周りに男性を近づけないと言われて来た女性でもあった。
 勇者としての実力は当時でも女性としてはトップクラスだった。
 それが、Xくんに助けられて屈辱を感じたのかさらにストイックに修業に打ち込んだという。
 彼女が水着になって撮影したら例え何回目だろうが、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に来てくれる客は増えるだろう。
 それだけ、集客力のあるクエスト・ガイドだ。
 Xくんとしては、弟子とは言え、自分に対して強いライバル心を持っているクエスト・ガイドを招き入れるという事は入らぬ争いの種をまくことになるのではないかという懸念があったので、最後の手段にしていたのだ。

 また、卯月の心配も的を射ていた。
 Xくんにその認識は無いが、実は、彼は美海に求婚されているのだ。
 彼は彼女に
「私が勝ったら、私のものになれ」
 と言われている。
 Xくんとしたら、負けたら彼女に弟子入りする事になるのか配下になるのかという感じに受け取っていたが、彼女にとっては結婚しろという意味だったのだ。
 その辺の行き違いはXくんも美海も理解していなかった。
 お互い、同じ意味で相手もとらえているのだろうという認識があった。
 つまり、美海が来たら、恋愛のバトルが勃発する可能性があるのだ。
 彼女は優秀な人材ではあるが、嵐となる予感がした。

048 美海登場

 その後、半年をかけて、【卯月クエスト・ガイドオフィス】では人材確保のため、色々手を尽くした。
 だが、努力の甲斐も虚しく、期限までの日付は刻一刻と迫ってきていた。
 姉妹の会社から出向してもらおうか、それとも父、師走に泣きつくかとも考えたが、自分に負けちゃダメだと言い聞かせ、卯月は東奔西走した。
 この間は、他のクエスト・ガイド達に営業を任せていたので、卯月自身は冒険に出ていない。
 諦めかけた時、一人のサルの着ぐるみと出会った。
 子供達に風船を配っていたのだが、その時、銀行強盗に失敗した4人組の犯人達が車ごと突っ込んできた。
 サルの着ぐるみは子供達を巧みに誘導し、被害を出さずに済んだ。
 さらに、車から出てきた犯人達が子供達を人質に取ろうとしていたところを華麗な体さばきで、いなしてみせた。
 凶悪犯4人を手玉に取るような体術は見事と言うしか無かった。
 その美しい動きに卯月は思わず、見惚れた。
 この人だと思い、
「すみません、あなた、クエスト・ガイド試験受ける気ありませんか?」
 と詰めよった。
 着ぐるみは
「クエスト・ガイドの試験なら突破しているわ」
 と答えた。
「それなら、話が早い、うちの会社で働きませんか?私、【卯月クエスト・ガイドオフィス】の社長やってます九歴 卯月と申します」
「卯月……なら、そこにXって言う名前の変な男いるかしら?」
「います、います。覆面クエスト・ガイドのXくんです」
「そう、なら、良いわ。入るように言われているし」
「あ、うちの社員にスカウトとかされてました?」
 卯月は上機嫌。
 優秀な人材が入ってくれそうだったからだ。
 着ぐるみの女性は着ぐるみを脱ぎ始めた。
「よろしく、弓酒 美海よ」
 と言った。
「そうですか、弓酒さんですね……って、うわっ、恋敵!」
 卯月のニコニコしていた顔が一瞬にしてこわばる。
 恋のライバルがついに登場したからだ。
「恋敵?どういう事?」
 怪訝顔の美海。
 彼女の疑問ももっともだ。
 彼女は卯月の事を何も知らないのだから。
「な、何でもない。と、とりあえず、よろしく」
「何か、急にがっかりしたような顔になったわね。初めてよ、そんな顔されたの。どうしたの?」
「な、何でも……ないです」
「ちょっと、気になるけど、あなたの会社にXっていうのがいるでしょ。私、そいつの弟子やっているんだけど、私が勝ったら、弟子やめて、私のものにするんでよろしく」
「み、認めませんよ、そんなこと」
「何でよ?私とXの間で決めた事なんだからあなたに関係ないでしょ?」
「か、関係あります。Xくんは私の」
「私の?」
「会社の社員です」
「知っているわよ。だから、あなたの会社に入ると言っているでしょ」
「そういう事じゃなくて……」
「どういう事よ?」
「それは、その……」
「はっきりしない人ね。そういうの良くないわよ」
「うっ……」
 卯月はたじろいだ。
 器が違う。
 人間として、完全に美海に負けている。
 女として勝てないのではないかと思ってしまう。
 Xくんとの仲も恋人にはなっていないため、恋のライバルだというのも少し違う気がしてしまう。
 だが、念願の最後の一人になってくれるのは会社としてはありがたい話でもある。
 これで、A級のライセンスを取得できるのだから。
 目の前に居るのは卯月からXくんを奪ってしまうかもしれない女性だとしてもだ。
 複雑な気持ちを象徴するかのように卯月の笑顔はこわばってしまっていた。
「どうしたの?変よ」
「き、気にしないでください。よ、ようこそ、【卯月クエスト・ガイドオフィス】へ」
「そう、ありがとう。よろしくね」
 ガッチガチの卯月に対して、終始、余裕顔の美海だった。
 その後、自己紹介をして、メンバーの面通しが終わり、ようやく、A級ライセンスの申請書を役所に提出する事が出来た。
 この先、色々ありそうだが、無事、クエスト・ガイド6人、事務スタッフ4人が揃ったのだった。
 これからはA級クエスト・ガイドオフィスとして、やっていくことになる。




登場キャラクター説明

001 九歴 卯月(くれき うづき)
九歴卯月
このお話の主人公。
幼馴染みの根角(ねずみ)の夢を引き継いでクエスト・ガイド(冒険案内人)を目指す女性。
6人姉妹の4女で他の5人は全て異母姉妹。
前向きなのは長所だが、注意力がいまいちたりず、おっちょこちょいでもある。
心情的な事に対してはかなり鈍い分類にはいる。


















002 江藤 根角(えとう ねずみ)=審査官=X(エックス)君
Xくん
卯月の幼馴染みの青年。
卯月達6人姉妹の目標の存在でもある。
十八の時に行方をくらましている。
姿を隠して、姉妹の試験の審査官となりX(エックス)君として卯月の会社に入る。




















010 リタ・ウェーバー

【弥生クエストカンパニー】のCランククエスト・ガイド。
センスはあるのだが、好戦的なのが玉に瑕。
元、プロボクサー。
卯月との対戦後、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に入社する。


011 ブリット・ウェーバー

事務スタッフとして、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に入社した男性。
リタの従兄弟。
クエスト・ガイドの試験を優秀な成績でクリアするも、血を見ると失神するという致命的な欠点が見つかり、クエスト・ガイドの道から外れる。
リタの事が大好き。


012 スティーブ・ウェーバー

事務スタッフとして、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に入社した男性。
リタの従兄弟で、ブリットの五つ年上の兄。
元、冒険者だったが、不注意からの事故で肩を壊し、冒険者としての道を断念。
ブリットの事を溺愛している。
リタから恋されているので、三角関係の様になっている。


013 皆川 彰人(みながわ あきと)

事務スタッフとして、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に入社した少年。
が、正体はエンシェントドラゴンの魂を入れて蘇生させた死体。
月に一度、少年の両親に会いに行くという条件で、エンシェントドラゴンは彰人少年として、活動している。
本来、クエスト・ガイド志望だが、肉体が18才に育つまでは事務職という条件になっている。
見た目は子供でも幅広い知識を持つ。


014 桜咲 真尋(さくらざき まひろ)

事務スタッフとして、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に入社した女性。
天才肌ではあるものの人間関係が上手く行かず、研究所を転々としていたのをXくんにスカウトされてやってきた。
A級クエスト・ガイドオフィスになれば研究所を割り当てて貰えるという条件で、入ってきた。
研究者と事務スタッフの二足のわらじでやっていく。


024 九歴 水無月(くれき みなづき)
九歴水無月
九歴6姉妹の六女で卯月の妹。
【水無月クエスト事務所】の社長をしている。
芸能活動をしながら、クエスト・ガイドという職業を広めている。


















025 戦士グロッキー

卯月達と戦う事になった冒険者の一人で大型モンスターを絞め殺せる程の怪力を誇る戦士。


026 魔法使いルーティー

卯月達と戦う事になった冒険者の一人で魔力の高い魔法使いの女性。


027 武道家ジャッキー

卯月達と戦う事になった冒険者の一人で、気功術の使い手でもある武道家。


028 幻術士サリーナ

卯月達と戦う事になった冒険者の一人で、危険薬物の使用をしている幻術士。
裏クエスト・ガイドオフィスとの繋がりもある。


029 勇者ザック

卯月達と戦う事になった冒険者の一人で、品格を疑われるような勇者。


030 スーパーアンドロイド、こけてぃっしゅ君

真尋女史によって作られたロボット。
良いところを示すことも無く敗退。


031 バスタ老人

女性には手を出さない事を信条としているエルフの老人。
実力はあるのだが、対戦相手が女性だったため、敗退。


032 鈴里 加奈子(すずさと かなこ)

【水無月クエスト事務所】から、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に移ってきたクエスト・ガイド。
卯月の戦いに感動し、お姉様と呼ばせて下さいと言い寄ってきた。
元、冒険者で、【磁力操作】という特技を持っている。


033 宮崎 龍花(みやざき りゅうか)

【水無月クエスト事務所】から、【卯月クエスト・ガイドオフィス】に出向してきたクエスト・ガイド。
口下手で、寡黙な性格。
【エアソルジャー】という特殊能力を持っている。
持ってきたコスチュームに空気を送って、人が着た様な状態を作り出すことが出来るという能力。


034 古暮 稲穂(こぐれ いなほ)

クエスト・ガイドの試験をトップ通過した新人。
自信過剰な所がある。
Xくんの勧めで、睦月の会社【睦月グランドパーティー】に入社する事になる。


035 白瀬 あさき(しらせ あさき)

クエスト・ガイドの試験を合格ラインギリギリのビリ通過をした新人。
実力は稲穂以上だが、自分に自信がなく、常に、稲穂より、低い成績でという癖がある。
Xくんの勧めで、睦月の会社【睦月グランドパーティー】に入社する事になる。


036 弓酒 美海(ゆみさか みうみ)

卯月の会社に最後に入ったクエスト・ガイドで、Xくんの弟子。
元、冒険家で美人であるため、何度も有名雑誌に載った女性。
Xくんを負かしたら、彼を婿として、向かい入れるつもりでいる。
何でも出来る完璧超人。